大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)2789号 判決

被告人 森口学

〔抄 録〕

所論に基き本件記録を精査し、原判決を仔細に検討すると、原判決は被告人の所為に対し、傷害致死罪を認定し、原審弁護人の正当防衛ないし過剰防衛の主張に対し、本件は三吉保が誘発した山口芳夫との間の喧嘩斗争に、右三吉を助勢するために加えられた攻撃であつて、右山口の三吉に対する急迫不正の侵害を排除するためになした防衛行為とはなし難いのみならず、その処置が己むを得なかつたものとも考えられないと説示し、弁護人の右主張を排斥している。しかし乍ら、三吉保の司法警察員並に検察官に対する各供述調書、小川庄一、三橋泰亮の各検察官に対する供述調書、及び被告人の司法警察員並に検察官に対する各供述調書を綜合考察すると、三吉保が原判示の如く、被告人等と飯場に帰える途中、被告人より稍後くれて歩行中、前方から疾走してきた自動三輪車がぶつかりそうに擦れちがつたので、これに対し「危ねえ、この野郎」と怒鳴つたところ、自動三輪車に乗つていた山口芳夫が車から飛び降り立ち向つてきた。しかも、その手にチラツと刃物の如き物が見えたので、三吉保は驚いて飯場に向つて逃げ出し、一足先きを歩いていた被告人に対し「森口さん、助けてくれ」と叫びながら馳けたが、前記工事現場入口附近で追つてきた山口に左手を掴まれたので、その手を振り払つた瞬間、その勢でその場に転倒してしまうと、山口は三吉に馬乗りになつて組み伏せたので、三吉は逃がれようと争う内に、同人の救を求める声を聞いた被告人が引返えしてきて、三吉が暴漢に組み伏せられていると思惟し、同人を救援する目的で山口の頭部を判示鉄棒で一撃し、これを即死するに至らしめたことを認めることができる。右の如き経緯であるから、本件は三吉が自ら誘発した結果とはいうものゝ、同人が自己にぶつかりそうになつた自動三輪車に向い、酒を飲んでいた勢から大声で注意したに過ぎないのに、意外にも被害者山口芳夫が車から飛び降り、立ち向かつてきたので、三吉は驚いて被告人に対し救を求めつゝ逃げ出したものであつて、同人には山口に対し反撃を加えるが如き意図は毫もなかつたものである。それであるから、前記の如く山口に追いつめられ腕を掴まれるや、その手を振り払つた拍子に路上に転倒して山口に組み伏せられたのであつて、その後山口の攻撃から免かれるため、同人と揉み合つたことがあつたとしても、これを以て直ちに喧嘩斗争と看るは当らず、被害者山口芳夫の三吉保に対する攻撃は、正に急迫不正の侵害に外ならない。しかし、山口は当時何等の兇器をも所持せず、素手で三吉と組み合つていたに過ぎないから、被告人がこれに対し、いきなり判示の如き鉄棒で同人の頭部を強打し、これを即死するに至らしめたのは、たとえ被告人が右急迫不正の侵害に対する防衛の意図に出でたとしても、右は正当防衛の範囲を逸脱したものであつて、正当防衛を以て論ずることはできない。しかしながら、右は過剰防衛に該当するからこれに反する原判決は結局、事実を誤認し、引いて法令の適用を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれない。

(山本謹 渡辺好 目黒)

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